中小・小規模(零細)企業がコスト上昇分を価格転嫁できず苦境に陥っている。特にサプライチェーン(供給網)が長い自動車産業では、完成車メーカーとティア1(1次部品メーカー)の間の価格転嫁分をティア2(2次部品メーカー)以降にどう波及させていくかが課題だ。中小・零細企業の賃上げ原資を確保するため、政府は従来より踏み込んだ対策を進めており、官民が一体となった取り組みが結実するかが注目だ。
「売り上げは増えているのに、利益は横ばいにとどまっている。鉄鋼やステンレスの値上がり分を価格転嫁できていないのが原因だ」。福岡県にある2次部品メーカーの関係者は、こういってため息をつく。原材料の仕入れ価格はここ半年ほどで約2倍に膨らんだが、すでに受注している分に関しては「慣例上、価格改定をお願いしにくい状況だ」と言う。別の2次部品メーカー関係者は「輸送費やエネルギー費の値上がり分を取引価格に転嫁するかは、相手先(ティア1や完成車メーカー)が決めている状況」と明かし「満額でもらえることはほぼない」と続けた。
自動車を含む製造業独自の商慣行もある。人件費や電気代、ガソリン代など、製品に直結しない領域に関しては、「自社内で相殺するべきという不文律がある」(中部地方の中小メーカー)ため、そもそも交渉の俎上(そじょう)に載せにくい空気があった。また、「新製品の受注を取った場合、すでに納めている製品の値引きをすることが暗黙の了解になっている」(自動車関連の中小企業)ケースもあり、コスト上昇に逆行するような値下げ圧力もなお強い。この企業には半期に一度、コストダウンの要請がかかることもあり、売り上げの1%ほどを毎年、値下げで失っているという。
このような状況を受け、岸田文雄首相は1月の施政方針演説で「価格転嫁の促進強化」を打ち出した。価格転嫁は中小・零細企業の賃上げ原資を確保する上でも重要になるためだ。2月には経済産業省が150社の価格転嫁の状況を実名で公表。一部の完成車メーカーや1次部品メーカーが全体平均を下回る転嫁率にとどまっていたことが明らかになった。昨年末には「価格改定の協議を積極的に行わなかった」として、公正取引委員会がデンソーや豊田自動織機などに改善を要請した。個社間で行われる交渉を可能な限り〝見える化〟することで、適切な価格転嫁を促していく狙いがある。
部分的には、官が率先してルールづくりを進める必要性もありそうだ。例えば、エネルギー価格や労務費など、上昇分を明示しにくいコストは、統一された指標や計算式があれば交渉しやすい。また、サプライチェーンの上流で合意した値上げ分が下流にまで反映されないケースも多く、ルール整備など官の関与が必要かもしれない。
中小・零細企業は国内雇用の9割を担うとともに、日本のものづくりの根幹をサプライチェーンの下流で支えている。その技術力や生産能力に対し、外部環境の変化に見合った適切な対価を還流し、苦境を乗り越えやすいような環境づくりを官民で進める必要性が増しつつある。
(村田 浩子)
※日刊自動車新聞2023年(令和5年)2月20日号より