ビッグモーター(和泉伸二社長、東京都港区)の自動車保険金の不正請求問題で、大手自動車販売会社の保険代理店兼務を禁止する法改正が必要だという声が出始めている。損害保険会社にとって、自動車販売店は保険を売ってくれる「お得意さま」であり、不正請求があっても厳しい追及がしにくい。修理代を保険金で損保から受け取る自動車販売会社が、その修理代を事実上決めることができる状況は「利益相反関係」にある、という趣旨だ。
同社をめぐっては不正請求のほか、自動車保険の取り扱いでさまざまな疑惑が出ている。こうした現状を受け、識者の中には自動車販売店に、自動車保険の代理店をさせない法律が必要との声も出ている。7月30日のフジテレビ系「日曜報道ザ・プライム」に出演した自民党の石破茂元幹事長は、「法改正するかどうかはきちんと議論をして、早めに今度の国会で法改正できるようにしないといけない」と語った。
金融庁は、ビッグモーターに代理店委託契約をしている損保7社に保険業法に基づく報告徴求命令を出す方針で、「不正の温床になることはすべて報告してもらう」(幹部)という構えだ。必要となれば法改正に踏み切ることも視野にあるとみられる。保険業法の改正をするとなれば、兼務を禁止する対象を一定規模以上にするかどうかや、新車販売、中古車販売で区別をつけるかどうかなども議論されることになりそうだ。
今回の問題が発覚後、自動車販売会社と、損保会社の関係を見直さないと根本的な解決にはならないという声は業界内部からも出ていた。ただ、兼務が禁止となると、損保と自動車販売の両業界に極めて大きな影響が出る。損保市場で9割のシェアを持つ大手損保4社の正味保険料収入は約7兆3千億円(2022年度)。その半分を自動車保険が占める。その自動車保険の収入は、保険代理店を兼ねる自動車販売店の強力な販売力に支えられているのだ。
一方、顧客が直接インターネットや通信販売で契約するダイレクト系自動車保険は、シェアが約1割にとどまる。こうした実態はしばらく続いており、業界内でも「1割の壁を破ることができない」と言われてきた。その要因について、SBI損害保険(東京都港区)の五十嵐正明社長は、「自動車販売店の力が強く、特定の社の保険を勧められたら(自動車購入者でさえ)断りにくい」と指摘。顧客についても「日本ではまだ対面で対応してくれる(代理店の)方が、安心感があるようだ」とみている。
仮に、自動車販売店が保険代理店を兼務できなくなると、大手損保にとって大幅な減収になる可能性が高い。自動車販売店でも、車両販売の利益が薄くなる中で保険販売を重要な収益源としている。さらに、保険の更新などで定期的に契約者と接触できるほか、一人ひとりの属性や環境の変化を把握しやすくなるため、顧客と販売店の密接な関係づくりにも役立っている。消費者も車に関することは、販売店に一任できるため利便性の面でメリットがある。石破氏も「(自動車販売店で保険を売っていることは)消費者にとってみれば便利なシステム。ここは考えないといけない」と話した。
海外では自動車販売店が、保険代理店を兼ねていないところもある。元金融庁職員で福岡大商学部の植村信保教授(保険論)は「私が米国について調べた限りでは、原則的には自動車販売店が保険代理店を兼務するケースはないとみられる」という。「法律で禁止されているものではなく、『利益相反関係』にあるので、昔から慣習的に切り離されているようだ。保険会社が訴えられるリスクがあるためではないか」とみている。
(小山田 研慈)
※日刊自動車新聞2023年(令和5年)8月1日号より