トヨタ自動車の新郷和晃執行役員(最高製造責任者=CPO)は10月11日、慶應義塾大学の日吉キャンパス(横浜市港北区)で「未来をつくるモビリティの可能性」をテーマに講演した。新郷CPOは、ウーブンシティ(静岡県裾野市)での実証などを紹介し「将来はクルマが社会システムの一部になる」と、モビリティの進化の方向性を示した。
自動車メーカーの仕事の魅力については「広くて幅広い技術範囲」「愛が付く工業製品」「仕事も顧客もグローバル」「世界の現地メンバーとともにクルマを見て走ること」「モータースポーツでクルマを鍛え、人を鍛えること」を挙げた。自動車産業特有の広い技術範囲について「30年、40年と会社で仕事をしていくわけだが、飽きずにワクワクしながら幅広いフィールドがある」と語った。
最後に「持続可能な世界を築いていくことは今を否定すること。ただ、それは本当に難しい。ルールや規制を一緒に変える仲間も要る。それを打ち破る原動力は皆の意思ある情熱と行動だ」と学生にエールを送った。講演後の質疑応答では同大学OBのトヨタのエンジニアも加わり、学生の疑問に答えた。
新郷CPOと学生の主なやり取りは次の通り。
―マニュアルトランスミッション(MT)車を残してくれるのか
「電気自動車(EV)がすべてを解決するわけではない。エンジンの技術を伸ばしたり、ハイブリッド化も進めたりする仕事も継続しているので安心してほしい。それに、豊田(章男会長)もいるし、私もいるので、MT車は絶対に残す。ちなみに私の今のクルマは『GR86』でMT車だ」
―多様化するニーズを吸い上げる方法は
「すごく深い質問だ。われわれも日々、考えていることだ。初代『プリウス』の時のように世の中にないものはアンケートをとっても出てこない。一方で私がやっている『ヤリス』のような〝ど真ん中〟の車は市場の声を聞きながら育てていく。両方のスタイルがある。今は正解がない時代だ。だから失敗する確率は高い。しかし、失敗を恐れると新しいチャレンジができない。でも失敗ばかりだと会社がつぶれる。トヨタは今、幸いなことにチャレンジする余力がある。経営者もチャレンジを認めてくれている。それでもいろいろと分析しながらチャレンジする必要がある」
―テスラのイーロン・マスク氏のようにトヨタも豊田章男氏がブランドの象徴になっている。章男会長が引退した後、トヨタのブランド力をどう維持していくのか
「今年1月に豊田は『準備ができたから』といって佐藤(恒治社長)にバトンタッチした。ただ、豊田がやってきたことを一人で背負うことは無理だ。だから『チームで運営してくれ』というメッセージを示された。そのチームのメンバーは、昨日、今日ではなく長い時間をかけて豊田の思いや経営哲学を共有してきた。一方で、いきなり豊田がいなくなると会社は動かなくなる。だから会長と社長が表裏一体で動いているのが現在の状況だ。少しでも早く、皆さんに心配されないようなチームになれるように私自身を含め、これからも精進していきたい」
※日刊自動車新聞2023年(令和5年)11月30日号より