トヨタ自動車が、水素エンジンを積んだ「カローラスポーツ」で24時間耐久レースに出て完走を果たした。水素を電力に変えて走る燃料電池車(FCV)と異なり、水素を直接燃やして動力を得る水素エンジン車は、ガソリンエンジンの基本構造を流用しつつも二酸化炭素(CO2)をほぼ排出しないのが特徴だ。技術課題も多いが、カーボンニュートラルの実現に向けた選択肢として水素エンジンの可能性を示した格好だ。
水素エンジン車は、BMWやマツダが過去に挑戦してきた歴史がある。エンジンオイルの微量な燃焼分による窒素酸化物(NOx)を除き、有害物質やCO2を排出しない「タンク・トゥ・ホイール」でカーボンニュートラルである点に加え、自動車産業がこれまで蓄積してきた内燃機関の技術や生産設備を活用できることが最大のメリットだ。
先週末に富士スピードウェイで行われた耐久レースで自ら水素エンジン車を駆った豊田章男社長は「カーボンニュートラルと言い出してから急に水素エンジンが出てきたわけではない」と話す。トヨタでは、基礎研究を経て2016年頃からガソリンと水素を混合したバイフューエル(複合燃料)として実験を始めた。GRカンパニープレジデントの佐藤恒治執行役員は「当時は社内でも先が見えない状態で、水素エンジンを止める議論もあった」と明かすが、レース参戦を決めた昨年末からわずか半年足らずでマシンを仕上げることができた背景には、FCV「ミライ」とスポーツカー「GRヤリス」の存在があったと言う。
FCVに関しては、トヨタは2014年に初代ミライを市場投入し、20年には全面改良するなど世界をリードする。水素エンジン車の実現には「ミライで培った高圧で安全に水素を充填する技術が生かされている」(佐藤執行役員)。今回のレース車両ではミライの水素タンクや配管を応用して参戦にこぎ着けた。
GRヤリスのガソリンエンジンを持っていたことも開発期間を短縮できた要因だ。ガソリンに比べて燃焼速度が7倍速い水素は異常燃焼が起こりやすいが、インジェクションを改良して課題を解決。モータースポーツ向けに設計され、筒内も高温高圧に耐えるGRヤリスのエンジンがあったことで、「水素エンジン車実現のハードルが下がった」(同)という。
もちろん課題も残る。今回の耐久レースでは水素の充填回数が35回に及んだ。裏返せば航続距離が短いということだ。また、水素タンクや安全対策のためにベース車より約200㌔も重いことや、水素が金属内に入り込んで強度を下げてしまう「水素脆化(ぜいか)」の対策がエンジンに求められるなど、競技車ならともかく、量産車としてはスタートラインに立ったばかりと言える。
「実現するか分からないなら『やってみれば?』と言えるトップがいる、それが今のトヨタだ」―。佐藤執行役員はトヨタが水素エンジン車でレースに参戦する背景をこう述べる。豊田社長は「ゴールはあくまでカーボンニュートラルだ」と話し、脱炭素社会に向けた選択肢を一つでも多く提供するためにレースを通じ水素エンジンの技術を磨く考えだ。
※日刊自動車新聞2021年(令和3年)5月25日号より