自動車向け半導体不足の影響が拡大している。昨年12月にフォルクスワーゲン(VW)グループが半導体不足で2021年1月から世界規模で生産調整を実施すると発表してから、自動車生産ラインの停止・減産はトヨタ自動車、日産自動車、ホンダ、スバル、ゼネラル・モーターズ(GM)、現代自動車など、グローバルに拡大し、しかも正常化が見通せない状況が続いている。東日本大震災でルネサスエレクトロニクスの工場が被災して半導体の供給がストップした時も国内の自動車メーカーは長期間、生産停止に追い込まれた。ただ、今回の半導体不足の問題は、自動車メーカーが築き上げてきた取引先との関係にヒビが入る構造的な問題を含んでおり、自動車メーカーを頂点とするピラミッド型構造を揺るがす事態にも見える。
震災教訓に対策講じたが
11年3月の東日本大震災で、車載半導体を主力とするルネサスの那珂工場(茨城県ひたちなか市)が被災し、半導体の供給がストップした。自動車各社は応援部隊を那珂工場に派遣するなど支援したが、それでも稼働再開するまで約3カ月もの時間を要し、この影響で日系各社の自動車生産も長期間、停止を余儀なくされた。
震災を教訓に、自動車メーカー各社は、半導体の在庫を手厚くするなどの対策を実施した。経済産業省は半導体の工場が被災しても、他の拠点からスムーズに代替調達できるように、車載半導体の共通化にも乗り出した。しかし、車載半導体は「ASIC」と呼ばれる特定用途向けのカスタム製品が多いため、共通化は非現実的だった。那珂工場の稼働停止中、日系自動車メーカーの一部で、海外の半導体メーカーに代替生産を依頼したものの、品質やコストの面で正式発注には至らなかったケースもある。結局、各社は半導体の在庫積み増しと、もしもの場合に備えて生産拠点の分散化の要請や、複社発注するしかなかった。
今回の半導体不足の当初、半導体工場が被災したわけでもないのにグローバルで需給がひっ迫したのは複数の要因がある。
まず昨年春、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、世界的に新車需要が落ち込むと、自動車関連企業が車載半導体の発注量を減らした。同時に、巣ごもり需要でパソコンやゲーム、データセンター、5G(第5世代移動通信システム)基地局などの半導体需要が急増したことから、半導体メーカーがこれらの半導体の生産に切り替え、車載用の生産を減らした。その後、昨夏に中国をはじめとする各市場で、自動車需要が急回復したことから自動車関連企業が車載半導体の発注量を大幅に増やした。
しかし、半導体は需要が急増しても、いくつかの理由からすぐに対応できない。まず現在の半導体産業が分業体制になっている点だ。半導体大手では、製造を外部に委託して、自社では設計だけを手がけるファブレスがほとんど。実際に半導体を製造しているのは半導体受託製造会社(ファウンドリー)の台湾積体電路製造(TSMC)や聯華電子(UMC)などの台湾企業に集中している。このため、世界中から半導体の注文が殺到しても、さばききれないのが実態だ。
車載半導体の需給がひっ迫している中、今年2月に米国で激しい寒波が追い打ちをかけた。停電の発生などで、車載半導体大手のインフィニオンテクノロジーズやNXPセミコンダクターズなどのテキサス州にある工場が相次いで生産停止に追い込まれた。さらに、ルネサスの那珂工場が2月に福島県沖で発生した地震の影響で生産を一時休止したのに加え、3月には火災が発生して生産ラインの一部を停止。火災前の水準に戻るのに2~3カ月を要する見通しで、半導体不足に拍車がかかっている。
車載向けのシェアはわずか10%
車載半導体の不足が長引いているのには理由がある。半導体製造工場は設備投資の負担が大きく、生産能力を増強するのはリスクが大きい。また、自動車生産と比べて半導体は生産リードタイムが比較にならないほど長い。前工程だけで12~16週間かかるのが一般的で、高性能なものでは24週間かかるものもある。半導体は発注してすぐに納入されるものではなく、民生向けから車載向けに切り替えるだけで長い時間を要する。
さらに、車載半導体の不足が目立つ理由として、ファウンドリーにとって自動車向け半導体の魅力が少ないこともある。コロナ禍による車載半導体の受注減少でファウンドリーは生産品目を変更したが、これをまた車載用に戻すにはコストがかかる。しかも車載半導体はスマートフォン(スマホ)などに搭載されている最新の半導体と比べて1、2世代前のもので、利益率が低い。世界トップクラスの微細加工技術を持つTSMCなどにとって収益性が良く、競争力を発揮できるスマホ向けなどを重視するのは当然だ。そもそも半導体全体に占める車載の比率は1割にも満たないのが現状だ。
半導体業界にとって自動車向けの重要度は高くないことに反比例するように、自動車にとっての半導体の重要度は増している。従来は制御系に多くのマイコンが使われてきたが、今後、普及が見込まれる電動車両には電力を調整するパワー半導体が、自動運転などではセンサー類が必要不可欠だ。自動車1台当たり半導体搭載数は50個以上、上級モデルでは100個以上搭載されていると言われるが、自動運転車や電気自動車では搭載数が大幅に増え、高性能なICチップが必要不可欠となる。そして半導体が1個でも不足すると自動車の生産ラインは停止する。言わばティア2(2次サプライヤー)やティア3(3次サプライヤー)である半導体のファウンドリーに、自動車メーカーは生殺与奪権を握られている格好だ。
垂直統合の代表的な産業で、ピラミッド構造の頂点に君臨し、部品メーカーに品質改善や安定した部品供給、原価低減を要求してきた自動車メーカーは、かつて経験したことのない状況に置かれている。実際、半導体不足の足元を見るかのように、一部半導体メーカーは半導体価格で強気の値上げを打ち出している。すでに巨大産業の筆頭にいる自動車メーカーだからといって、要望が優先される状況にはない。
液晶テレビ、スマホ、パソコンなどのデジタル産業では、一足先に水平分業が進んだ。サプライヤーを含めて各企業が得意分野に集中することで投資や開発の効率アップが図れるためだ。今回の車載半導体不足の問題は、電子化が加速する自動車で、垂直統合方式を続けることに限界があることを示しているようにも読み取れる。
ファブレスで有名なアップルは、電気自動車(EV)参入が噂されている。EVの企画だけをアップルが担当し、生産は台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業や、現代自動車などの既存自動車メーカーに委託する水平分業を自動車ビジネスに持ち込むことが予想されている。
アップルがEVで成功してから自動車メーカーが水平分業に移行しても遅い。自動車メーカーは今回の半導体不足の問題に真摯に向き合い、デジタル化する自動車産業で、取引先との関係を見直し、構造改革を推進しなければ生き残れなくなる可能性がある。
(編集委員 野元 政宏)
※日刊自動車新聞2021年(令和3年)4月19日号より