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自動車業界トピックス

旭化成、ホンダとの北米セパレーター事業に2000億円

大型投資の勝算は?

ホンダとの合弁事業を発表する工藤幸四郎社長

旭化成は、車載電池の主要部材である「セパレーター(絶縁材)」で、ホンダと北米で合弁事業を展開する。呼び水となったのは、米のインフレ抑制法(IRA)や自治体からの補助金だ。ただ、米大統領選の結果によっては車載電池や電気自動車(EV)産業に強い逆風が吹きかねない。総額で2千億円近い投資の勝算は?

 

「IRAは投資判断の非常に大きな部分を占めている。(仮に共和党政権になっても)法律が根本から振り出しに戻るといったことは、経済実態や法体系を考えると難しいのではないか」―旭化成の工藤幸四郎社長は、合弁事業の発表会見でこう語った。

2022年に成立した米IRAは、税控除や補助金などの手法で脱炭素技術の開発や普及を後押しする法律だ。EVや車載電池も対象となるが、優遇には北米での材料調達や組み立てといった条件がある。EVなどのハイテク分野で攻勢を強める中国を抑え込む狙いもある。

巨大市場である北米で電動車シフトの波に乗り遅れまいと中韓勢を含め、リチウムイオン電池メ

けん引はEVの航続距離に響くが…

ーカーの北米投資が積極化。これに呼応して、電池部材メーカーも動き始めている。旭化成のほかにも、UBEは3月、リチウムイオン電池の主要原料であるジメチルカーボネート(DMC)とエチルメチルカーボネート(EMC)を製造するプラントを米国に新設すると発表した。三菱ケミカルは能力増強とともに、米国Koura(コウラ)と、電解液のサプライチェーン(供給網)強化などに向けた協業検討を発表。電解液の主原料について〝脱中国〟を進めていく。

リチウムイオン電池の主要部材には、イオンを取り込む正極材と負極材、これらを隔てて短絡(ショート)を防ぐとともに、イオンを通すセパレーター、電解液の4つがある。セパレーターは通常、ポリオレフィンの膜で、できるだけ薄いほうがイオンを良く通すが、一定の強度も求められる。旭化成は北米でシェア3割を目指す。

今回の投資の特徴の一つは外部資金の活用だ。「セパレーター業界は、以前は収益性が高いニッチのビジネスだったが、事業規模が大きくなると、稼働率を高め、安定的に展開することが重要になる」(同社)という。カナダ政府や州政府の補助を研究する中で、資金の確保にめどが立った。概算の投資額は1800億円だが、ホンダからの出資や、日本政策投資銀行からの資金(約280億円)も含めると、自前の資金は半分以下で済むとみている。ホンダ製EVへの採用もほぼ約束され、操業当初から安定した稼働率を見込める。工藤社長は「需要動向を見ながら追加投資を検討する」と強気だ。

プラグインハイブリッド車(PHV)が見直されているのも明るい材料だ。PHVの場合、車種にもよるが、電池の使用量はEVに比べ3~4割少ない。それでも「EVが減速しても一定程度、相殺される」(旭化成)との見立てがある。

ただ、EV需要の先行きは誰にも分からない。これまでの世界的なEVブームは、複数保有の富裕層や、新製品に飛びつく「アーリーアダプター」、フリート(大口)やカンパニーカーなどの法人需要が主にけん引してきた。自律的な普及に移るには、市場の大半を占める中間所得者層が食指を動かすだけの商品力や低価格化が必要だが、ホンダを含め、自動車各社は数年足らずでそこまでの水準にたどりつけるか。

トヨタ自動車出身の吉田守孝・アイシン社長は「トヨタ時代にHV開発に携わったが、きちんと利益が出るまで15年以上かかった。EVで一定の利益を出し、お客さまにリーズナブルな価格で買ってもらうにはHVより長い時間がかかるだろう」と話す。EVにとって「国土が広いうえ〝電欠〟が命取りになる地域もある」「電力を大量に消費するけん引需要が一般的」といった、米国特有のハードルもある。

中国のようにナンバープレートの発給条件で半強制的にEVを普及させる手立てを取れるなら別だが、民主主義国では減税や補助金に頼るしかない。しかし、その大盤振る舞いによって、為政者やメーカーではなく、消費者が購入の決定権を持つという、ごく当たり前の事実が霞みがちになる。旭化成をはじめとする莫大な投資が回収できるかどうかは、政策や補助金などに頼らず、EVが売れ始めるかどうかにかかっている。

(山本 晃一)

※日刊自動車新聞2024年(令和6年)5月11日号より