カーボンニュートラル社会の実現に向けてグローバルで普及の本格化が見込まれる電気自動車(EV)。その心臓部であるバッテリーの次世代型として本命視されている全固体電池の開発競争が本格化してきた。
長期ビジョン「アンビション2030」の中で、2028年に自社開発した全固体電池を搭載したEVを量産する目標を公表している日産自動車が、その開発状況を公表した。日産は現在、総合研究所(神奈川県横須賀市)のラボで、全固体電池の積層ラミネートセルの試作に取り組んでいる。計画では、24年度までに全固体電池の量産化に向けたパイロットラインを横浜工場(横浜市神奈川区)に設置する予定で、実用化に向けて生産技術の確立を段階的に進めていく。
次世代車載電池として本命視される全固体電池はリチウムイオン電池の一種だ。正極材と負極材の間に有機電解液がなく、固体電解質を通じてリチウムイオンが電極間を移動することで充放電する。発火リスクのある有機電解液を使用しないことから安全性が高い。このため、エネルギー密度を高めることや冷却デバイスが不要で、電池サイズを増やさなくてもEVの航続距離を伸ばせるほか、急速充電時間も短縮できる。
また、液体を使わないことから氷結しにくく、使用可能温度が広い。副反応も起こりにくく劣化しにくいなど、メリットは多い。EV普及のネックである短い航続距離や長い充電時間、さらに高い電池コストなどの課題を解決できる可能性がある。
長年にわたって実用化できなかったのは固体電解質のリチウムイオン伝導度が低いという問題を解消できなかったからだ。しかし、11年に東京工業大学の菅野了次教授らの研究グループがイオン伝導率の高い固体電解質を発見した。その後も、固体電解質材料の研究開発が進んだことで、量産型EVに搭載できる全固体電池が実現に向けて大きく前進した。
「ゲームチェンジャー」になる可能性のある全固体電池だが、量産型EVへの実用化に向けたハードルは依然として高い。全固体電池では電解質の固体化で材料の副反応が減少するため、電極材料の選択肢が広がる。電解液のリチウムイオン電池の正極材はニッケル、マンガン、コバルト、負極材はカーボンが主流だ。このうち、レアメタルの一種であるコバルトが地政学上のリスクが高いコンゴに偏在していることなどから、電池メーカー各社はコバルトフリーのリチウムイオン電池を開発している。
全固体電池は、材料選択の自由度が高い。日産は低コスト、高エネルギー密度を両立する電極材の開発に取り組んでいるという。膨大な材料の中から、最適な材料の組み合わせを見つけるため、NASA(米航空宇宙局)や米国のカリフォルニア大学サンディエゴ校と連携し、人工知能(AI)による解析を材料開発に活用するマテリアルズ・インフォマティクス(MI)を導入している。イオン伝導率が高く、耐久性の高い固体電解質の材料設計や、正負極材料と固体電解質間が高密度で均一の界面を形成・維持する制御技術の開発にも取り組んでいる。
また、日産は全固体電池の開発では、材料開発段階から生産技術部門も加わるという「異例な形」で取り組んでいるという。高精度な電池セルの生産技術を確立しなければ電池やEVの安全性に重大な影響が及ぶためだ。全固体電池を量産EVに搭載するには、自動車の量産スピードに合わせて、高精度に電極を積層する技術が求められる。日産はこれを実現するため、面圧負荷が均等になるようにモジュールバネ機構や、体積の変化を考慮したモジュール設計、セルの厚みのバラつきを吸収する機構などの技術を活用する。
これら自動車の量産スピードと同じペースで高精度な積層を実現するのに役立っているのが、EV「リーフ」向けで培ってきたリチウムイオン電池の多積層化技術だ。日産は11年前、他社に先駆けて量産型EVの市販に踏み切った。当時、リーフに搭載するリチウムイオン電池を電池メーカーから調達するのが困難だったことから、日産はNECと合弁でリチウムイオン電池の製造に自ら乗り出した。リーフの販売は低迷したものの、培った設計技術や生産技術を、次世代型の主流となる可能性のある全固体電池にやっと生かせる日が見えてきた。
全固体電池の開発競争が激化
全固体電池の開発をめぐっては、次世代EVのキーデバイスとなるだけに世界中の自動車メーカーや電池メーカーが開発に本腰を入れている。トヨタ自動車は20年代前半に全固体電池を実用化する計画だが、搭載するモデルはハイブリッド車となることを公表しており、容量は小さいとみられる。
ホンダは20年代後半に全固体電池の実用化に向けて、研究開発を進めている。負極材に高容量材を採用する方針で、現在、セルの仕様と生産プロセスの開発を進めている。年内にパイロットラインで電極材料を混錬する製造プロセスを立ち上げる計画だ。24年春には約430億円を投じて、栃木県さくら市に生産プロセスを含めた設計に取り組める実証ラインを立ち上げ、20年代後半のEVに搭載する計画。ホンダの全固体電池の本格的なEVへの搭載は30~32年ごろになる見通し。
海外の自動車メーカーも取り組みが本格化している。EVラインアップを拡充しているフォルクスワーゲン(VW)グループは、米国電池メーカーのクアンタムスケープとの協業で24年に全固体電池の商業生産を開始し、25年以降、搭載したEVを市販する計画だ。ステランティスは全固体電池ベンチャーのファクトリー・エナジーと全固体電池を共同開発し、26年までに実用化する。ファクトリー・エナジーはメルセデス・ベンツとも協業しており、両社は早ければ年内にも全固体電池を搭載したEVの走行テストを実施する。
さらに、中国の上海蔚来汽車(NIO)は半固体の電解質を使用するハイブリッド固体電池を搭載したEVを年内に市販する予定。中国の電池メーカーの寧徳時代新能源科技(CATL)や比亜迪(BYD)も全固体電池の実用化に向けて研究開発を本格化しており、開発競争は激化している。
リチウムイオン電池を発明したのは19年にノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏で、91年にリチウムイオン電池を世界で初めて商品化したのはソニーだった。こうしたこともあってリチウムイオン二次電池の初期は日系企業が市場シェア50%程度を握っていたが、11年ごろから韓国系、その後、中国系が台頭してきた。車載向けでは長らくパナソニックが世界シェアトップで、16年には35%もあった。それが現在はCATLがトップ、2位がLGエナジーソリューションで、パナソニックは3位に転落するなど、二次電池での日系企業の地盤沈下は鮮明だ。これは日本の自動車メーカーがEVで出遅れたことと無縁ではない。中国の地場自動車メーカーは、EVの世界市場で高いシェアを持ち、中国系電池メーカーとともに、さらに攻勢を強めている。
ここにきてEVの拡充を相次いで打ち出している日本の自動車メーカー。電解液のリチウムイオン電池の轍を踏まず、次世代電池の本命とされる全固体電池の開発で世界に先行できるかは、日本の自動車メーカーが次世代EVの時代に存在感を示すことができるかの最後のチャンスになるかもしれない。
(編集委員 野元 政宏)
※日刊自動車新聞2022年(令和4年)4月18日号より