自動車などモビリティ・物流業界で、量子技術の活用が期待されている。特に昨年は国産初号機がスタート。2号機、3号機も続くなど画期的な年となった。材料探索や設計、交通流の最適化、自動運転、暗号化などさまざまな分野に関わる。半導体生産など、実装の取り組みも始まった。
従来のコンピューターが「0」「1」の2進数で情報を処理するのに対し、量子コンピューターは、0と1の両方が同時に存在する「重ね合わせ」や、物体が障害物を通過できる「トンネル効果」「もつれ効果」などの量子の振る舞いを計算に利用する。
きわめて微小な物理世界の法則を活用した量子技術は各国で開発が進み、日本政府も量子技術を国家戦略の一環として位置付けている。情報処理などさまざまな活用先が見込まれている。
昨年は国産の量子コンピューター初号機~3号機が一気に動き出し、昨年や今年は〝量子コンピューター元年〟とも目されている。国産の初号機は、理化学研究所(理研)や富士通、産業技術総合研究所、情報通信研究機構(NICT)、阪大、NTTが協力して開発。インターネットを通じ企業なども利用できる。
これをベースに、2号機、また3号機も開発された。民間企業に広く活用してもらい、新たなアプリケーション(活用事例)につなげることを目指している。
特に重要な分野になりそうなのは自動車をはじめモビリティや関連の分野だ。数年前までは量子技術のPоC(概念実証)段階だったが、実装段階に入りつつある。
アイシンは昨年、量子コンピューターによる物流最適化に関する技術開発に成功。国際的な総合科学ジャーナル「Nature」の出版物に掲載された。最大の積載率や最短経路、最小のトラック台数で輸送する最適ルートを瞬時に割り出すもので、積載率の向上や輸送時の二酸化炭素(CO2)排出削減にもつながる。
日野自動車主導の物流会社、ネクスト・ロジスティクス・ジャパン(NLJ、梅村幸生社長、東京都新宿区)も、量子コンピューティング技術を活用する自動配車・積み付けシステム「NeLOSS(ネロス)」を展開している。
ロームは昨年、量子関連技術を活用したコンピューターサイエンスアルゴリズム(計算手順)開発を手がける早大発スタートアップのクオンマティク(東京都新宿区)と協働し、半導体の生産工程に量子アニーリング技術を導入し、回路が正常かどうか確かめる「EDS工程」の稼働率を5~10%向上させたと発表した。半導体の大規模量産ラインにアニーリング式量子コンピューターを導入、その有効性を世界で初めて実証したもの。行橋工場(福岡県行橋市)などに導入しており。今後、車載半導体を含めた展開も視野に入る。クオンマティクは取材に「本格展開を通じて、ユースケースをさらに広げたい」と語った。
クオンマティクを輩出した早稲田大学では、量子技術社会実装拠点が1月に開設され、記念シンポジウムも3月に開かれた。早大発の独自技術に基づく新方式の量子コンピューター開発や、ソフトウエアとの連携を打ち出す。応用先として期待しているのが自動車をはじめとするモビリティ領域だ。
量子アルゴリズムを活用して、交通流の最適化や渋滞緩和に取り組むことが想定される。リアルタイムの交通情報や膨大なデータを処理し、効率的なルート案内や交通制御を行うことができる。配達時間指定のある荷物を複数台のトラックで手分けし、効率よく配達したい、といったニーズへの対応を目指す。
アイデアを募る「ハッカソン」も盛んになりつつある。富士通は「量子版ハッカソン」を通じ、車両の燃費改善などの実装を目指している。昨年、開催した量子アプリケーション開発の成果を競うコンテストでは、39量子ビットの量子コンピューターシミュレーターを活用するもので、1月には受賞4チームの成果を披露した。先進スタートアップとの協業をグローバルに進め、量子コンピューティング技術の社会実装に向けた研究開発を主導するとしている。
量子技術をめぐっては、米IBMやグーグル、欧州、中国など世界の官民で競争が激化している。生成AI(人工知能)では後れをとった日本勢は、量子の面でも、基礎的な技術は持ちつつ、世界に伍していけるか懸念もある。しかし、自動車産業や半導体関連産業といった、世界的な競争力や潜在的な市場成長性を持つ現場を持つのは日本の強みだ。今後、ユースケースを生かして巻き返しを図る。
(山本 晃一)
※日刊自動車新聞2024年(令和6年)3月30日号より