今から約35年前、米国人投資家で、現在で言うところのアクティビストだった故ブーン・ピケンズ氏がトヨタ自動車系部品メーカーの小糸製作所の株式を取得して筆頭株主となった。ピケンズ氏は収益力向上のため、トヨタとの株の持ち合いを解消して〝ケイレツ〟(系列)から離脱することや、新しい取締役を選任するよう求めた。しかし、ピケンズ氏が小糸の株式を高値で買い取ることをトヨタに求めるなど、グリーンメーラー的な動きが表面化して批判された。ピケンズ氏はトヨタと小糸が要請をはねつけ、定時株主総会でも提案が否決されたことから撤退を宣言した。
「持ちつ、もたれつ」だった日本メーカー
日本の自動車メーカーは株式を持ち合い、経営幹部を送り込むケイレツと呼ぶ多くの取引先を抱えてきた。ケイレツサプライヤーは、新車開発の初期段階から入り込み、自動車メーカーのニーズに対応した部品を開発・供給する。時には自動車メーカーの技術指導を受けながら原価低減に取り組み、自動車メーカーの値下げ要請に応える代わりに、一定の受注量が保障されるという「持ちつ、持たれつ」の関係だ。サプライヤーが経営危機に陥れば、自動車メーカーは積極的に支援する。
ただ、こうした両者の関係は微妙に変化してきた。2019年に曙ブレーキ工業が経営不振から事業再生ADR(裁判外紛争解決手続き)を申請した。曙ブレーキはトヨタの一次部品メーカーの協力組織である協豊会の会長会社を務めこともあっただけに、トヨタが財務面で支援すると予想されたが、増資などは引き受けなかった。マレリホールディングスが22年に経営破たんした際も、支援したのは主要取引先の日産自動車ではなく、投資ファンドだった。
強く結束してきた自動車メーカーとケイレツサプライヤーの関係性は、電気自動車(EV)市場の拡大で、さらに変化することが予想される。
40年に販売する新車のすべてをEVと燃料電池車(FCV)とし、日本の自動車メーカーで唯一、内燃機関から撤退する時期を表明しているホンダは、連結子会社の八千代工業を、インドの樹脂系部品メーカー大手であるマザーサン・グループに売却することを決めた。八千代はかつてホンダの軽自動車を受託生産するほど、その関係は深かった。軽自動車生産事業をホンダに移管した後の現在の八千代の主力事業は燃料タンクとサンルーフだ。
販売が大ヒットしたホンダの初代「フィット」から採用された車内スペースを広く確保できる「センタータンクレイアウト」は八千代が開発に全面協力したことで実現した。自動車の付加価値向上に寄与する燃料タンクを製造する八千代は、ホンダにとって重要なサプライヤーだった。しかし、EVに不要な燃料タンクを主力とする八千代は、ホンダにとってサプライヤーとしての重要度が低下していくことは避けられない。こうした自動車メーカーのケイレツ見直しは、内燃機関車と比べて部品点数が3分の2から半分に減るとされるEVに自動車メーカーが開発に重点を置くことに伴って加速する。
EV専業のテスラが導入しているアルミ鋳造設備で車体を一体成型する「メガキャスティング」が大きなきっかけになる可能性がある。車体の生産は多くの板金部品を溶接して1台を組み立てるが、メガキャスティングでは溶接なしで、車体の一部を大型のアルミ鋳造設備で一体成型する。テスラの「モデルY」の後部に採用している。一体成型するため、部品点数と工程をそれぞれ1に減らせるため、生産コストを大幅に削減できる。
メガキャスティングは自動車が衝突した場合、板金修理ができないという欠点もあるものの、現在の自動車生産システムを抜本的に変えるものだ。トヨタも26年に市場投入する予定のEVに、アルミ鋳造設備で車体を一体成型する「ギガキャスト」を採用する方針。メガキャスティングを実現するアルミ鋳造設備を開発したUBEは、EV生産コストを低減できるこの技術に、国内外の自動車メーカーが高い関心を示しており、引き合いは強いという。
車体を一体成型できるメガキャスティングでは、溶接して組み立てる多くの板金部品のほとんどが不要となるため、多くのプレス部品メーカーの経営に深刻なダメージを及ぼす。車両設計の初期段階から協力するプレス部品メーカーは、規模も大きく、自動車メーカーのケイレツの中でも重要な地位を占めている。しかし、メガキャスティングが本格的に普及した場合、その地位は大きく揺らぐ。
メガキャスティングで先行するテスラは今年3月、自動車をブロックごとにサブラインで生産して最後に一体化する「アンボックストプロセス」と呼ぶ新しい生産方式を発表した。24年末に稼働する予定のメキシコ工場で実用化する見通しで、EVの生産コストをさらに大幅削減できるという。この新しい生産方式の詳細は明らかになっていないものの、実用化されればプレス部品メーカーにとっては逆風になるとみられる。
持ち合いを解消するサプライヤーも
自動車メーカーがEV時代を見据えてケイレツサプライヤーを見直していくことが見込まれる中で、内燃機関や燃料系、排気系など、EVで不要になる部品を主力とするサプライヤーも将来を見据えた対応に乗り出している。
エンジン内でガソリンを燃焼させるための点火装置であるスパークプラグで世界トップの48%のシェアを持つ日本特殊陶業は、メガサプライヤーのデンソーからスパークプラグ事業と排ガスに含まれる酸素を計測するO2センサー事業を譲り受けることを検討する。EVの普及でスパークプラグやO2センサーの市場は縮小する。両社の事業を統合して生産体制を最適化するなどして収益力を強化する。
デンソーは、主要取引先のトヨタがEV関連事業を強化していることもあって、内燃機関向け部品事業を縮小し、その分を駆動用モーターやインバーター、パワーコントロールユニットなどの電動車向け部品事業に経営資源を振り向ける。
エンジン部品であるピストンリングを手がけるリケンと日本ピストンリングは今年10月に経営統合する。経営統合後のピストンリング市場での世界シェアは約3割になる。ピストンリング市場は縮小が予想されるが、同業の経営統合で開発や生産を効率化し、競争力の高い製品を展開、ライバルの需要を取り込んでいくことを狙う。経営統合することで、自動車メーカーとの価格交渉力を強化する狙いもある。
垂直統合ビジネスの典型とされる日本の自動車産業は、ピラミッドの頂点に君臨する自動車メーカーが全体を統括して、ケイレツサプライヤーがその傘下に置かれる。部品メーカーは自動車メーカーが求める競争力の高い部品を供給するとともに、原価低減にも協力して高品質で低コストな自動車を生産するなど、ケイレツが日本車の競争力の源泉となってきた。
これに対して部品点数が少なく、構造も簡単なEVは自動車メーカーが設計・開発の主要部分を担当して、サプライヤーが適した部品を供給する水平分業型が主流になるとの見方もある。水平分業では、サプライヤーにとって自動車メーカーは単なるビジネスの相手で、無理な値下げ要求などに応える必要はなくなる。
デンソー、日本製鉄はそれぞれ、前期末までに保有していたスズキの株式をすべて売却した。今年6月のスズキの定時株主総会では株主から、これを懸念する声が上がったが鈴木俊宏社長は「株式の持ち合いではなく、CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリングサービス、電動化)の取り組みは(取引先と)実務の面で密にしていかないと立ち行かなくなる」と述べ、政策保有株に関係なく、先進技術の領域でサプライヤーとの連携強化が重要との見方を示した。
EV時代を見据えて自動車メーカーはケイレツのサプライチェーンを再構築していくとみられるが、水平分業が進めばEVで重要な技術を持つサプライヤーから自動車メーカーは取引相手として選別される立場になる可能性もある。EV時代に合わせて自動車メーカーは「馴れ合いの関係」から「大人の関係」へと意識改革しなければ、手痛いしっぺ返しを喰らうことになりかねない。
(編集委員 野元政宏)