CASE(コネクテッドカー・自動運転・シェアードサービス・電動化)に代表される技術革新によって、自動車業界は100年に1度の変革期を迎えたと言われてきたが、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によって、状況が変わってきた。市場が急拡大していた相乗りをはじめとするシェアードサービスは、不特定多数の人との接触を避ける意識の高まりなどから、市場は急激に縮小した。そして今後、大きく変化しそうなのが電動化を巡る動きだ。
脱炭素社会へ世界が動き出す
脱炭素社会に向けて世界が大きく動き出し、カーボン・フリーがアフター・コロナ時代の経済のけん引役として脚光を浴びている。自動車も温室効果ガスである二酸化炭素(CO2)排出量を削減できる電動車両を普及させることは、地球温暖化の改善と、経済の活性化の両立につながる。
もともと温室効果ガスの排出量削減に熱心なのは欧州だ。2016年に発効した「パリ協定」では、今世紀末の世界の平均気温上昇を、産業革命前と比べて1.5度に抑制する目標が掲げられている。この達成に向けた取り組みの一環として欧州の一部の国では、施行時期が25年から40年までバラバラだが、ガソリン車、ディーゼル車の新車販売を禁止してクルマを電動化する政策が相次いで打ち出されている。
英国は40年にガソリン車とディーゼル車の販売禁止を打ち出していたが、昨年2月に35年に前倒し、さらに昨年11月には30年に規制時期を早めた。英国はハイブリッド車(HV)も35年までに禁止する方針で、内燃機関車を排除する政策を明確に打ち出した。米国カリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事は昨年9月、州内でのガソリン車の新車販売を35年までに禁止すると発表した。米国の他の州でも同様の施策が打ち出される見通しだ。
世界最大のCO2排出国である中国では昨年9月、習近平国家主席がCO2排出量を30年までに減少に転じさせ、60年までにCO2排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルを目指すことを表明。この実現に向けて、35年にガソリンだけで走行する自動車の販売をゼロにし、電気自動車(EV)やプラグインハイブリッド車(PHV)などの新エネルギー車の比率を50%、残りをすべてHVにする目標を掲げる。
日本政府も菅義偉首相が昨年10月の臨時国会での所信表明演説で「50年までに温暖化ガス排出量実質ゼロ」を目指すカーボンニュートラルを宣言した。これを受けて策定した「グリーン成長戦略」では、30年代半ばまでに軽自動車を含めて乗用車の新車販売を電動車両のみとする目標を掲げた。
気候変動による熱波や干ばつ、大雨による洪水など、自然災害が頻発する中、地球温暖化対策は待ったなしの状況で、世界は脱・炭素社会へと大きく舵を切ろうとしている。走行だけで世界のCO2排出量全体の15%を占める自動車の環境規制も大幅に強化されるが、各国の施策で目に付くのがEV時代の到来を見据えて、エネルギー対策にも手を打ち始めていることだ。
英国は洋上風力発電などの再生可能エネルギーや、原子力発電、EV用充電器の整備などに120億ポンド(約1兆7000億円)を投じる。中国では、世界的にも高いシェアを持つ太陽光と、原子力をグリーンエネルギーと位置付けて重点的に投資していく方針で、現在の発電の主力でCO2排出量の多い石炭の消費量を大幅に減らす方針だ。
エネルギー対策に取り組むのは、EVの普及が本格化した場合、電力が不足するのに加え、国や地域によって電力を生み出す電源構成が異なるからだ。例えば原子力に依存するフランスの非化石電源の比率は91%で、発電量を増やしてもCO2発生量は少ない。日本は福島第一原発事故の影響で原子力発電設備の多くが稼働を停止している影響から非化石発電比率は19%にとどまる。仮に、現在の電源構成のまま日本でEVが普及して系統電力からの電力使用量が増えれば、比例してCO2排出量も増えてしまう。
早期対応で新たなビジネスチャンスに
日本政府が策定したグリーン成長戦略では、再生可能エネルギーである洋上風力発電を、将来の主力電源の一つとして整備する方針を盛り込んだ。30年までに発電能力を1000万キロワット、40年までに大型火力発電所換算で30基分以上となる最大4500万キロワットにまで拡大する計画だ。これによって再生可能エネルギー比率を現在の3倍となる60%にまで高めることで、EVシフトによって膨らむ電力需要を、脱炭素電源でまかなう方針だ。
各国政府は新型コロナの影響で大きく傷ついた経済を立て直すため、カーボンフリー関連産業をリード役にしようとしている。電源構成を含めた脱炭素社会に向けた動きによって、新たな投資や雇用が生み出されるが、こうしたものには企業が積極投資しやすい。自動車業界もカーボンフリー社会に向けてこれまで以上のペースと規模で対応を迫られる。
世界中で進むカーボンフリーに早期に対応することは新たなビジネスチャンスにつながる可能性もある。新型コロナ禍で20年の自動車市場はマイナスの影響を受けた中にあって、EV専業のテスラの20年の新車販売台数は前年比36%増の49万9550台と過去最高を記録した。テスラも新型コロナの影響で、米国工場を一時操業停止したが、それでも中国などの販売増加によって前年を上回る販売となり、脱炭素社会を先取りした取り組みが効果を発揮した。
EV向け駆動用モーター事業を強化している日本電産は、すでに中国系自動車メーカーからの受注が急増しているという。中国や東欧に相次いで新工場を立ち上げて生産能力を増強する計画で、30年には駆動用モーターの世界シェア45%を目指すなど、脱炭素社会の到来を見据えて積極的な投資に動いている。
また、世界では電動シフトを見込んでEVに参入するスタートアップ企業も相次いでいる。EVは構造が内燃機関と比べて簡素で、参入障壁が低いこともある。IT大手のアップルがEVを開発しており、早ければ年内にも市場参入するとの報道もある。
内燃機関車よりも部品点数が少ないEVが本格的に普及した場合、エンジンや燃料関連のサプライヤーの事業縮小は避けられない。ただ、脱炭素社会を見据えた投資や業態転換は、大きな果実を生み出す可能性があり、エンジンや燃料関連を主力とするサプライヤーは対応を迫られる。
自動車メーカーも同様だ。例えば自動車の材料。車体骨格やボディーパネルは多くの鋼板が使われている。一部のモデルのバックドアなどに樹脂が採用されているケースもあるが、自動車の外装材料の基本は鋼板だ。しかし、国内の製造業から排出されるCO2のうち、鉄鋼業は4割を占めており、最多だ。鉄は鉄鋼石と、石炭を蒸し焼きにしたコークスを化学反応させて抽出する。樹脂も石油由来だが、製造工程で大量のCO2を排出する鋼板を自動車に多用するのは、耐久性や加工性にメリットがあるのに加え、何よりコストが安いことが理由だ。
鉄鋼業界では、コークスの代わりに水素を活用して鉄を製造する方法などの開発も進むが、コストとどうバランスさせるかが高いハードルにはなる。脱炭素社会に向けて自動車メーカーは調達する材料や部品についてもカーボンフリーを意識する必要がある。
脱炭素社会に向けた大きな動きは止められない。これによって自動車業界では、従来のビジネスモデルが通用しなくなる可能性もある。ただ、大きな変化は成長に向けたチャンスでもある。EVメーカーや電動車両関連技術を持つ企業にとっては、大きく飛躍できる可能性が広がる。成熟産業とされる自動車業界だが、痛みをいとわず、脱炭素社会を見据えてどう取り組むのかが、今後の成長を大きく左右する。
(編集委員 野元 政宏)
※日刊自動車新聞2021年(令和3年)1月16日号より